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  • 2013.12.19 Thursday
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あえて言うまい

 久しぶりの更新。
 ということで最近のお酒環境をお伝えする。
 いろいろ考えた末、寮にお酒をおくことはやめた。
 そのかわりにどうしても飲みたいときは実家に帰るか、バーに行くかという二択にした。
 これがどうにも具合がいい。
 というのもバーは代行とか含めると1万5千以上はかかるかるからで、薄給の身としては月に数回しか行けない。
 これからはアルコールの摂取量を落としていった方が絶対にいいだろうし。
 手持ちのお酒もどんどん減らしていければもっと健康になれる……。
 
 とはいえ、月に数度の楽しみにまで昇華されたのは決して経済的な動機からだけではない。
 やっぱりいいお店があってこそ我慢ができる。
 日によってそして田舎なので一人でゆっくり飲むこともできるし、時には喧噪の中でぼんやりしていることもできるという環境面の飽きなさは他のお店では味わえない。
 あとはなんとしてもすばらしいお酒と出会える、出会わせてくれるというのが一番大きい。
 今はダンカンテイラーのピアレスシリーズを順番に試している。
 ボウモア24年のバーボンカスクなんて想像の埒外にある味わいだった。
 アイラ独得のピーティな感じが全く弱くなっている訳でもないのに、花の香りとかバーボンカスクに由来すると思われる重く甘い香りも強くて、ピート香が完全に後退してしているように感じられた。
 スペイサイドではストラスアイラ41年も試してみた。
 たまにスペイサイドは扁平で無個性なものもあるけど、これはさすがにお年を召しているだけあって深みのある香り、後味だった。
 
 あとバーに行ったときに気をつけていることがある。
 それは話の流れで店主に感想を求められても余計なことは言わないということ。
 専門家を前にして味の解剖のような真似をすることの愚かしさというのは筆舌に尽くしがたい。
 満足できたということだけを端的に伝えればいい。
 感謝のことばの手触り感をちょっとだけ理解した最近の僕はそう思うのです。
 真摯に接してくれる人を前にすればその傾向はなおさら強くなる。
 巧言令色、鮮し仁。こんなときはそう思う。
 当然に言葉を尽くしたいときもあるし、せざるを得ないときもある。
 そうでないと伝わらないこともある。
 
 どうでもいいことを考えたり、ぼーっとしたりする時間は大切。
 明日を乗り切る算段はそのあとでいい。
 どうせどうにでもなるのだし。
 悪い方向にだけは傾かないようにちょっと注意すればいいだけ。
 でもそれが難しい。
 

過去の日記:お酒の備蓄は無くすという選択 〜 もう大人なのだから 〜

12月8日の日記

ハードリカーに関しては各ウィスキー、ブランデーの特徴、スタンダードカクテルの把握など、自分で挑戦できることは大抵やってこれたと思う。だからもう自宅でお酒を飲むのは止そう。呑むとすればとびきり素晴らしいものだけにしたい。レミーのエクストラなんて、小僧の僕には畏れおおくて抜栓するのもはばかられます。この尊敬すべきお酒は実家に置いてあるのだけれど、実家に帰っても食事のときはワインか日本酒を飲むだけだから、最近このコニャックには全く手をつけていない。

自宅でお酒を飲まないからと言ってお酒をやめるわけではないし、やめるわけにはいかない。おいしいお酒には常に驚きも内包されているからね。この感動は一通りのお酒を嗜んだところで消えることはない。では、どこでお酒を飲むのか、それが問題になってくる。なってくるけどもう答えはでている。バーだ、絶対にバーだ。今回の出張でも2軒ほど行ってきた。出張が終わる前にもう一回行ってみようかなというお店もできた。最大級の満足ではないにしてもいいお店だった、いやいいお酒だった。新しいものを探すときは一人だとままならないことが多い。であるならば誰かの助けを借ればいいのではないかと、お酒のみならず生活一般でも考えるようになった。甘えるときは甘えよう。そうした方がよほど自分のためになる。

脱線しかけたので話を戻して、旅先のバーで引っ越した先の市街地にあるお店を紹介されたのだ。今月から地元民になった僕としてもちょっと誇らしい。実はあの街は凄い。駅周辺に無数のバーがある。もう行きたい店もいくつかあるので早く出張を終えて帰りたい。ここ数日で廻ったお店のようにいくつかの落胆があるにしても、その中で僕に一番ぴたりとくる素敵なお店がある、はず。月に数本のワイン、ろくでもないファストフードを食べる余裕があるのならば、それらを捨てて月に1度か2度の素晴らしいお酒に散財した方がいい。

気になるのは運転代行のお値段……。いくらよいお酒で気持ちよく酔っても自宅に帰ってきてから現実に引き戻されるのではちょっと悲しい。どうせならばそのままお風呂に入って眠りたいのに。

その前に……、出張終わったら引っ越しの続きやらないと! 今はまだ段ボールが床に転がっているだけで、僕仕様の秘密基地的素敵部屋にしないと今後は生きていけません。とってもブロードバンドな環境も手に入ってしまったので、ネットとも連携しつつ僕のお仕事の効率を高めていく工夫も徐々に考えていきたい。

休み明けはいきなり主任代行。
甘えなければ生き残れない。
全部僕がやります!、は絶対に失敗する。
肝に銘じよう。


過去の日記:満足かつ不満 ― よい時間、おいしいものを供するということ ―

12月6日の日記

出張中なので外食ばかり。
不摂生がたたって体を壊してしまうのではないかと考えている。
明日はサブウェイで野菜たっぷりのサンドを食べよう、なんて考える時点でもう不健康。

バーも2件ほど行った。店主はいずれもいい人で、もちろんお仕事柄当然と言えば当然のことだけれど、そういう意味では居心地が良かった。けれど、お酒を提供する人、される人という視座で見ると事情は少し変わってくる。とはいえ擁護する部分はもちろんある。それは最後に述べたい。

まず愕然としたのはどっちの店主も客の前で煙草を吸っていたことだ。客の見えないところで吸うなら僕は許すけど、まず飲食店をやっている人間が煙草を呑むなんて問題外だ。煙草以外でも供された飲食物の香りや味を貶めるような香りは本当にご免蒙りたい。店先に並べられたメダルや盾は彼のブランド的価値を高める記号なのだろうが、お酒に対して無思慮であるというこの一点において、その差異表示記号は全くの意味作用を失う。店構えも、気取った服装も、安っぽいハリボテになる。そもそも香りを破壊するなどという行為はお酒の作り手に対する冒涜だ。

煙草については、葉巻とお酒を合わせるという文化がある以上、客観的に見た場合はそこまでファナティックに排撃する必要はないのかもしれない。けれどもカクテルについてはそれを割引いても酷かった。自分の好みを知悉しているとはいえ、自分でつくったカクテルの方がおいしいと思った。まずお酒がぬるすぎる。自惚れに聞こえるかもしれないが、ショートカクテルを飲む人ならばぬるい酒を使ったビルドやシェイクがどれだけ酷いものかはわかるはずだ。まあ、でも酩酊していれば、この人はコスプレして壮大なごっこ遊びをしたいだけなんだなと思うだけで済むのだけれど。むしろ酔っていないときの方が僕は怒り狂うかもしれない。

正直、バーというやつには絶望した。最後の希望は我が祖国信州にあるのだけれど。ここがだめだったら、もう金払って呑みにいくのなんてやめよう。

それでもバーの良さもある。自分とは全く違う人と話すことができるかもしれないということ。そしてなにより未知のお酒を試せるということだ。
高いテキーラや、とってもすごいターキーや、アイラ然としたスペイサイドなんて普段は怖くて買えないけど、ふらっと立ち寄った店に置いてあれば気軽に楽しめる。
やっぱり、絶望してないな……。

昨日、西友のスコッチを飲んでみた

タイトルは事実の認識として完全に正しいとは言えないけれど、面倒なので。

作り手の名がわからないスコッチというのもなんだか釈然しない。 だけどその素性でもってあらかじめ選択の埒外に放り出すというのはよくないと思ったので買ってみた。700mlで800円なのでかなり安い部類。同価格帯のスコッチは無いものの、同価格帯の軽井沢倶楽部や余市といった国内メーカのウィスキーが好みではないので少し不安だった。

とりあえず開封。香りは甘くてもったりした感じ。色はそれなりの褐色。飲んでみたところもやっぱり甘い。香りと相まってしつこい感じ。人によってはこれを飲みやすいとすることもできるだろうけど、しつこいすぎるという意味で重い口当たりでちょっとわっかさん向けではない。飲みやすさで言えばスペイサイドなんかも飲みやすいけど、あれはさっぱりとした感じという意味での飲みやすさ。

でもカクテルのベースとしてなら使い道がありそう。しかしながら、ハイボールにしたらブレンドされているその他のグレーンたちに由来する甘さくらいしか取り柄のないこいつは、たちまちに個性を失ってしまうだろう。結局のところ、良くも悪くも中庸といった印象。


日記発掘! ― シャンパンとか日本酒とか ―

去年のお酒日記に多少加筆したものです。
書いたのにブログのねたに使わなかったのは単純に忘れていたからなのだ。
あと、最近のお酒に対する思いとかいろいろ。

<エルネス ラペノー>
 クリスマスの時にあけた第一本目。僕にとってはモエ・エ・シャンドンのブリュット以外で飲んだ数少ないシャンパン。今まで飲んできた発泡性のワインはスパークリングばかりだったので、辛口なところや木のような香りなど、白ワイン的な性格を強く感じることができた。
 炭酸ではなく、味わいにおいて飲みごたえがある一本。
 まあ、シャンパンには明るくないんですけど。

<善光寺>
 ↑の次に飲んだやつ。長野県産善光寺種を100%使い、山梨県にて醸造されたスパークリング。長野県の人としてはなにやら複雑な心境……。と同時に、ワインとその産地とを大切にするフランスならば、このような産地を示し得る表示と実際に醸造された場所の異同というのはまず許されないだろうことも想起した。
 味のディテールはかなりの部分を忘れてしまったけれど、ビニールのような感じは覚えている。すぐに飽きてしまった、というよりももうすでにシャンパンを飲んでいるので、途中から気分転換としてキール ロワイヤルにして飲んだ。

 クリスマスはあと1本スパークリングをあけたけど何だったか忘れた。たしかイタリアのスプマンテ。
甘かった。

<眞澄 辛口生一本>
 辛口の日本酒。大晦日か元旦に飲んだ。日本の食事にとっても合う味。でも少し重い感じがしてたくさんは飲めない。食事とあわせるなら久保田の千寿が一番いい。

 去年の日記はここまでで、最近の僕のお酒事情。
 お酒は飲むには飲むけど、酔う前に嫌になってしまう。無理して飲むものではないのでそれで終わり、という状況が続いている。最近はテキーラのカクテルなどを試していたけどそれも一通り味をみたらもうおしまい。他のウィスキーにしてもブランデーにしても、おいしいにはおいしいのに感動がない。ハードリカーは一度やめて日本酒とかワインに変えた方がいいのだろうか。それにしたってできるだけまともなのを飲みたい。
 だからしばらく飲まなくていいや。お金貯めてワインでも買おうっと。日本酒は既にある。あとはそれに合う料理だけだ!

これで躊躇せずに瓶を捨てることができる

ワインは他のお酒と違ってリピ買いというのはほとんど無い。とはいえどんなものを飲んだかとか、葡萄のの品種は何だったなど覚えておきたいこともいくつかあって、瓶を捨てるときにちょっと捨てにくかった。ラベルもそれぞれ個性的だしね。
そういったときにCellerというアプリが便利らしいので少し使ってみた。登録したワインはこんな感じに表示される。

いい感じだけど検索はできない。だめなところはこれくらい。年に数十本も飲むような人にはおすすめできない。データベースというよりは「瓶をしまっておくところ」と捉えた方がいいみたい。このアプリが拘っているところはデータベース的にワインの情報を扱えることではなくて、自分のコレクションを視覚的に扱っていることだと思う。ボトルの形状はボルドー型とブルゴーニュ型しかないけどボトルトップのパターンにシャンパンっぽいのがあるのでなんとか対応できるし、ボトルの色に関しては6色あるからほぼ問題ない。そして指定したボトルのパターンにラベルの画像をかぶせれば完成。ラベルはiPodやiPhoneの写真フォルダにあるものが使える。こうやってみるとやっぱりそれっぽくていい。

完成!って言ってしまったけどもう少しできることもある。ボトルの再現だけではなくて、そのワインの商品名や産地、ヴィンテージなども書き込めるようになっている。主要な葡萄の品種は候補を示してくれるけど、ちょっと頼りない。グルナッシュも出なかったし、こんな様子ではジンファンデルなんてとても候補として出ないだろう……。まあ、ジンファンデルは嫌いだからいいけど。などと苦労して打ち込んだワインの情報は、上の画像の状態でワインボトルをタップしたとき下端にちょこっと表示されるだけ。繰り返すけど検索はできない。

やっぱり所持しているワインの管理用アプリではない。唯一管理できるのは飲んでいるか、飲んでいないかという部分だけ。飲んだのはガレージへ移動しよう……ということなんだけど、アプリを起動した時にセラーの方が必ず表示されるので今のところはこのままでいい。まだ飲んでないボトルは1本しかないからそれしか表示されないのは寂しい。

今までお酒の味ばかりを扱ったエントリばかりだったので今回は少し違った視点からお酒について書いてみた。


新しいバーボンを飲んでみた、数日前に。 ―オールド・フォレスター―

バーボンもワイルドターキーばかりというわけにはいかないので違うのを買ってみた。
飲んだ、今日じゃないけど。
なんか、最近倒置が多いような気がするけど気にしない。

ワイルドターキーのような渋い香りと味はあまりしなくて、バーボンのもうひとつの特徴である甘い香りの方が際立っていた。
飲んだ感じはさらっとしていて重い後味はなくて肩透かしを食わされた。
こういう傾向ならテネシーウィスキーのジャックダニエルの方が後味まで楽しめていい。
ターキーみたいにずどーんとした後味があればよかったのに……。
とはいえジャックダニエルのほわほわっと残る香りも捨てがたい。
米国ウィスキーも奥が深いです。

あ、でも最後にこのオールドフォレスターを擁護しなければならない。
ハイボールにして飲むとこれがなかなかいい。
いろいろ言ったけど、香りも味も十分あるからソーダの刺激に負けていない。
やっぱりおいしかった。


アブサンとの再戦 ―アロマティックフレーバーをトラディショナルな飲み方で楽しむ―

瓶の裏面にあるとおりアブサンと水を1:3の割合で混ぜて砂糖を入れてみた。
「ウィスキーと一緒でアブサンにしても水で割った方が香りが良くわかるんですよ。」
そんな通ぶった物言いをしたかどうかはわからないけど、まぁ水で割って飲んだんだよ。
切ったばかりの木の匂いがした。
この香りだけならいい匂いだろうけど、それが飲みものに入っているから飲み慣れていない人々からすれば不味いと感じるんだとわかった。
それとこの飲み方では甘すぎる。
あと、それなりに安全だとわかっているけど合成着色料が入っていること自体嫌だ。
これが心理的にも不味さを想起させる。

結論?
まずいよ。
でももう一口。


アブサンもまた文化なのである ―久々の強敵は相当やばい酒―

この間購入したお酒第一弾アブサンです。
初めての薬草系リキュール……と言おうと思ったけど、養命酒も薬草系リキュールだから初めてではない。
なにがやばいって香りがやばいんです。
青い草とミントの歯磨き粉のような臭いなんです。
それがずっと口の中に残る。
これに比べたらアイラモルトの病院臭さなんてかわいいものさ。
あれは個性の範疇に収まるクセだとおもう。

でも味がわかったから今度はじっくり味わって飲んでみたい。
砂糖と冷水を入れて飲むのがいいらしい。
臭い、臭い……だけでは相手の文化はわからないからね。
頑張ればこれもやっぱり個性の範囲に収まるのかもしれない。
お酒は文化だから、それに対して狭量ではだめだよね。
……のみますよ、のめばいいんでしょ。

2,500円。


懐は寂しいけれど酒を買う日々 ―ついでに僕のお酒観―

……というよりも、懐が寂しいからこそいい加減なお酒は飲むべきではないなと思うわけです。
近くにあった良い店がその向い側に新たに店をかまえたので行ってみた。
この店は完全な対面販売で、商品間の間隔も十分とられていて普通の小売店とは全然性格が違う。
66万円のロマネ コンティなども拝んできたけど、買ったのはハードな洋酒さんと1000円ちょっとの赤ワインだけ。


 今回買ったのはアルマニャックのマルキ ド コサード ナポレオンと、スコッチのアイル オブ ジュラ 10年。どちらも箱が印象的で、特にマルキ ド コサードは箱の中にも小さいモルフォ蝶のプリントがあってとてもかわいい。アイル オブ ジュラの方は奇をてらわず、白い箱にボトルの印刷がされているだけで、高級感を訴求することが重要な洋酒の中ではこの単純なデザインが異質さとして際立つ。とはいえ、白・黒・金は高級感を演出する色としては定番中の定番なんだよね。だからこその単純明快な箱デザインじゃないのか、などと深読みをしてみるのもまたお酒の楽しみ方かもしれない。

 マルキ ド コサード ナポレオンは早速飲んでみた。ブランデーも最近はコニャックとかカルヴァドスばかり飲んでいたので、アルマニャックの豊かな果実味が新鮮だった。コニャックも同じブドウのブランデーだから当然に果物な感じはあるんだけど、オタール VSOPにしてもヘネシー VSOPにしても幽かな鹹味を伴った梅の香りみたいなのを感じて、全体的にくっきりとした味わいが残る。対してアルマニャックのマルキ ド コサードは全体のディテールをつかめない香り。けれども薄っぺらいわけでもなく、なんとなく「太い」味わいで、シャボー ナポレオンもこんな感じだったからこれがアルマニャックの傾向なのかも。

 そういえば商品説明の際にスコッチとかワインは香りや味わいを示す記号がしつこいほど羅列されるけれど、同じ高級感漂う洋酒でもブランデーってそういうのをやっているところが少ない気がする。それはやっぱりその説明が権威からの受け売りだからかなあ。俺の知りうる限り、ブランデーの世界にウイスキー界の(ポゥっの人とは別人の)マイケル・ジャクソンやワイン界のロバート・パーカーのような大家(とされる人間)はいない。ことカルヴァドスに至ってはその性質に言及する人間すら珍しい。でもブランデー評論の大家がいないことは逆にいいことなんじゃないかなと思っている。おいしいお酒を自分の味覚や嗅覚で楽しまずに、権威としてのテイスティングノートという先入観を通して飲んでいるのって明らかに損だよ。だから、権威に束縛されないブランデーの世界は自由で面白い。

 説明など読まず、聞かずで買えば何であっても楽しめる。しかし、第二の楽しみである他人の味覚との比較を試みるにあたって、権威は多様性を否定する存在となりえる。誰かの口真似で「黒い果実に動物香を少し感じる」とか言ったところでその人がその酒を飲んだ時の感動など到底わからない。黒い果実といってもそれは多岐にわたる。ブドウやカシス、あるいは熟したアボカド、ブラックオリーブなど他にもあるだろう。動物香についてもまた然り。「黒い果実」や「動物香」という記号は具体的に見えるかもしれないが、その記号を扱う者はそれらを明確に定義づけられるだろうか。実際のところは記号にたぶれて、権威を前にして拝跪しているに過ぎないのではないだろうか。その場合は酒を嗜むのではなく、幾つかの記号を組み合わせて造られた物語としての商品を消費していると言えよう。

と、最後の一文で誰かの真似をしてみたけど、誰だかわかるかな。
言葉が軽くなるのはこの瞬間だよ、きっと。

で、今日の結論は、お酒を飲むときは自らの五感こそが絶対指標だってこと。 
そしてつくり手に感謝したくなるのがいいお酒。
 


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